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 高地一晴プロフィール


  はじめまして、高地一晴です。
  私の簡単なプロフィールを紹介します。
  
  
  
  


名  前:高地 一晴(Kazuharu Takachi)
生年月日:昭和43年5月28日
     静岡県浜松市生まれ  O型・双子座・申年
資  格:一級建築士・インテリアプランナー
学  歴:東京理科大学 建築学科 卒業

家  族:妻1人 子供(男・女・男)3人



□ 誕生−幼少(1968〜1973)

2つ上の姉、7つ下の妹の間に長男として生まれる。手のかからないおとなしい子供だったとの事(両親より)
幼稚園の時、市内の動物園の写生大会にて入賞したのがきっかけで絵を書くのが好きになった。

□ 少年・小学校(1974〜1980)

放課後習い事をしていない暇そうな僕に、先生が、金管バンドに入らないか?と誘ってもらった。その後も放課後暇なので、水泳・ソフトボール・バスケット等の部活動をはじめ結構いそがしかった。小学校の時の「将来なりたい職業」という文集に、建築家・料理人・美容師・画家 と書いた。何か物を創る事を職業にしたいと漠然と考えていたが・・・建築家は、父の影響だろう。建築関係の仕事をしていたため。料理人は、食べたら無くなってしまう。(形に残ってほしい)美容師は、髪の毛って伸びるよね。(形に残ってほしい。)
画家は、食っていける才能はないな。などなど考えながら今の自分があるのだろう。

□ 少年・中学校(1981〜1983)

水泳部に入ったがあまり練習もせず過ごす。市内の水泳大会があり目立つ為にスタートダッシュ、しかし、練習不足で持久力もなくずるずると後退。観戦していた父兄から練習不足といわれた。不良でもなければ、まじめでもなく、ただただ時間が流れてく、そんな感じ・・・。まじめさがかっこ悪いと思っていた。

□ 青春・高等学校(1984〜1986)

バイトで溜めたお金でギターを買った。当時流行っていたヘビーメタルに夢中になっていた。高校を卒業が近くなって、就職か進学か。今の成績では当然就職でしょう。しかし、このままだとどうなるだろう。ただだらだらと・・・。言い訳をして生きていくことへの不安、もう一度白紙にもどしてみたい、憧れの東京へ・・・。人生いろいろな人に助けられて生きてきたが、高校3年の時の担任の先生が自分の将来について真剣に話を聞いてくれなかったら、今の自分はなかっただろう。


□ 青春・大学(1987〜1991)

大学入って思った。俺って頭悪いジャン・知識ないジャン。「やればできる」なんて思っていたが、「やらなければ出来るはずも無く・・・」夜間の大学へ入ったので年齢もいろいろ。結局5年間、学校へ通っていたことになる。この5年間はいろいろ経験もできた、たくさんの友達もできた、青春だったのかな!

□ 修行・東京(1987〜1994)

生活していく為に就職した始めての会社は、全寮制の雑誌をコンビニ等へ配送する会社。勤労学生を優遇している会社で入学金等の学費と立て替えてもらっていた。設計事務所で働きたい気持ちが強くなり転職することに。当初、卒業まで続けるつもりでいたので迷ったが・・・。雑誌で見つけた設計事務所は、最寄り駅 丸の内線 国会議事堂前、近くにアメリカ大使館もあり、田舎もんには、カルチャーショク。2年ほど勤めて、学校の求人欄でみつけた設計事務所に転職。大学の先輩で、設計事務所を始めて間もない会社だった。この会社で建築の考え方、姿勢を学んだ。ただ作るだけでなく。コンセプトを考え、デザインをして形に作り上げていく。建築家としての役割を姿勢を学んだ。

ヨーロッパ一人旅
海外の本物の建築を見たくなる。スペインで行われているセビリア万博へ行きたい。金は無いし、外国語もダメだし・・・。会社の先輩に背中を押され、初めての外国へ向かった。行きと帰りの飛行機のチケットを握り締め・・・。行きたい場所は決めていたが、泊まる宿は何も決めてなかった。不安・緊張・期待でいっぱいだった。朝早くから夜遅くまで見知らぬ街をさまよい歩いた。街の匂い・色・風を感じることが出来た。建築との出会いもそうだが人生経験として地球規模で考えた時の自分を実感することができた。

□ 修行-ゼネコン(1995〜2001)

帰省することになった。東京へ住み続けたい気持ちがあったが、さまざまな理由により故郷浜松へ帰ってきた。帰省していくつかの会社を経験し、ゼネコンに就職。設計と施工を分離するべきとの考えがあった為、迷ったがいろいろ経験も必要と考えお世話になることとなった。賃貸マンションの設計を主にやっていたが、工場や事務所、歯科医院などいろいろな設計の仕事をさせてもらった。現場の仕事も覚えることができた。建物ができていくまでにさまざまな人の手が加わり一つの形になっていく。どの部分がかけても本当の良い建物はできない、建築にたいする考えの厚みができたと思う。

□ 独立-現在(2002〜  )

結婚後、義理の父より話があり、三浦設計をつぐことになる。
さまざまの人との出会いの中で日常が進んでいく。


□ そして 未来へ
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△UP


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